コラム

IT関連の裁判例

秘密保持義務の対象について不正競争防止法上の営業秘密と同様とされた事例

裁判年月日など
大阪地方裁判所平成24年12月6日付判決

事案の概要
本件は、粉体機器装置の開発・製造・販売を主たる事業内容とするXが、板金加工業社Yに対し、不正競争防止法4条又は本件基本契約上の秘密保持義務違反等に基づき、損害賠償及びこれに対する年5%の割合による遅延損害金の支払を求めた事案です。

Xは、Yに対して、Xが開発した製品やその部品等の製作を委託してきました。XとYは、平成16年7月1日に取引基本契約書(以下、「本件基本契約」といいます。)を交わし、本件基本契約には以下のような条項がありました。

「第35条(秘密保持)
1)乙は,この基本契約ならびに個別契約の遂行上知り得た甲の技術上および業務上の秘密(以下,機密事項という。)を第三者に開示し,または漏洩してはならない。但し,次の各号のいずれかに該当するものは,この限りではない。
〔1〕乙が甲から開示を受けた際,既に乙が自ら所有していたもの。
〔2〕乙が甲から開示を受けた際,既に公知公用であったもの
〔3〕乙が甲から開示を受けた後に,甲乙それぞれの責によらないで公知または公用になったもの。
〔4〕乙が正当な権限を有する第三者から秘密保持の義務を伴わず入手したもの。
2)乙は,機密事項を甲より見積作成・委託・注文を受けた本業務遂行の目的のみに使用し,これ以外の目的には一切使用しない。
(略)
4)乙は機密事項‥(略)‥を厳に秘密に保持し,本業務の遂行中はもとより,その完成後も甲の文章による承諾を得た者以外には,一切これを提供あるいは開示しない。」

平成21年8月31日をもって、XとYとの取引関係は終了しました。その後、YはZ株式会社から攪拌造粒機の製造委託を受け、Y製品を製造することになりましたが、Y製品には、XからYに示されたX製品図面中の営業秘密が、YからZに不正に開示された上、使用されていました。XからYに示されたX製品図面中の営業秘密が、YからZに不正に開示された上、使用されたとして、Xは上記支払を求めました。

本件の争点(本件基本契約上の秘密保持義務違反について)
・Xの主張
X製品図面は,攪拌造粒機の製造方法に関する有用なノウハウの集積であり、その記載事項全部がXの営業秘密であるし、また、仮にこれが認められないとしても、別紙ノウハウ一覧表はXの営業秘密である。
YがXの営業秘密をZに開示し、Y製品の製造に使用したことは、Xとの本件基本契約35条に定められた秘密保持義務に違反するものである。

・Yの主張
Xは、X主張ノウハウをもって営業秘密であるとも主張するが、それらの重要部分は、パンフレットや外部の研修、さらには自社工場の見学案内を通じてX自らが公開している。Xは、特段の守秘義務を買主に負わせることなくX製品を販売し、誰もがX製品の現物を入手できる状態に置いており、その現物を分解すれば、外観のほか機構、部品に至るまで形状、寸法は全て知ることができたのであるから、譲渡時点でX主張ノウハウは公知となったものと解される。
本件基本契約35条の「甲の技術上および営業上の秘密」は、不正競争防止法2条6項の営業秘密の定義に従うべきであるところ、Yに本件基本契約35条に定められた秘密保持義務違反がないことは明らかである。

争点に対する裁判所の判断
「X主張ノウハウは,別紙ノウハウ一覧表記載のとおり,いずれもX製品の形状・寸法・構造に関する事項で,X製品の現物から実測可能なものばかりである。そして,このような形状・寸法・構造を備えたX製品は,YがZから攪拌造粒機の製造委託を受けた平成21年9月30日よりも前から,顧客に特段の守秘義務を課すことなく,長期間にわたって販売されており,さらには中古市場でも流通している」
「そのため,X主張ノウハウは,YがZからの製造委託を受ける前から,いずれも公然と知られていたというべきであり,「営業秘密」(不正競争防止法2条6項)には該当しないといえる。」
「本条における秘密保持義務の対象については,公知のものが明示で除外されている(本件基本契約35条1項〔2〕及び〔3〕)。そして,Yは,Xの「技術上および業務上の秘密」(本件基本契約35条1項本文)について秘密保持義務を負うと規定されているが,その文言に加え,Yの負う秘密保持義務が本件基本契約期間中のみならず,契約終了後5年間継続すること(本件基本契約47条2項)に照らせば,Xが秘密とするものを一律に対象とするものではなく,不正競争防止法における営業秘密の定義(同法2条6項)と同様,Xが秘密管理しており,かつ,生産方法,販売方法その他の事業活動に有用な情報を意味するものと解するのが相当である。」
「このように本件基本契約上の秘密保持義務についても,非公知で有用性のある情報のみが対象といえるため,前記(略)で論じたことがそのまま当てはまるところ,Yに上記秘密保持義務違反は認められないというべきであり,Xの上記主張は採用できない。」

コメント
契約に基づく秘密保持義務の対象が争われた事件です。契約上では、機密事項は「契約の遂行上知り得た甲の技術上および業務上の秘密」と広く定義されているものの、裁判所はこれを、「不正競争防止法における営業秘密の定義(同法2条6項)と同様,Xが秘密管理しており,かつ,生産方法,販売方法その他の事業活動に有用な情報を意味する」と限定的に解釈しました。
秘密保持契約は取引の前提として広く締結されており、対象となる「秘密」の意義についても上記のように広く定義することが多いですが、本判決のとおり、裁判で争われた場合には、必ずしも契約上の定義のとおりに解釈されるわけではなく、不正競争防止法上の営業秘密と同程度まで限定的に解釈されることになるため注意が必要です。

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