コラム

IT関連の裁判例

重過失の意義に関する裁判例

裁判年月日など
東京高裁平成25年7月24日付判決

事案の概要
本件は、証券市場を開設するYとの間で取引参加者契約を締結し、Yの取引参加者であるXが、平成17年12月8日、Yが開設する市場において、ジェイコム株式会社の株式につき、顧客から委託を受けて、「61万円1株」の売り注文をするつもりのところを、誤って「1円61万株」の売り注文(以下、「本件売り注文」といいます。)をし、その後Xが本件売り注文を取り消す注文を発したが、Yのコンピュータ・システムに瑕疵があり、また、Yが売買停止措置を取らなかったため、上記取消注文の効果が生じなかったことに関して、

[1] Xの取消注文に基づき本件売り注文の取消処理をする債務の履行を怠った
[2] 取引参加者契約上負っていた本件売り注文につき付合わせを中止する義務を怠った
[3] 本件売り注文につき負っていた売買停止措置をとる義務を怠った

として、Xが、Yに対し、債務不履行([1][2])または不法行為([3])に基づく損害賠償として及び遅延損害金の支払を求めた事案です。

本件の争点(重過失について)
Xの主張
・Yは、Y市場の取引ルールに従って「取消処理ができる市場システム」を提供しなければならなかったにもかかわらず、本件不具合の原因となるプログラム上の不備(以下「本件バグ」という。)を含んだ売買システムを、フェールセーフ措置を講じないままに提供した。
・本件取消注文は、本件不具合により、本件要処理時刻に処理されなかった。
・Yは、本件バグの作込みを容易に回避できたにもかかわらず、回避しなかった。
・Yは、本件バグを容易に発見・修正できたにもかかわらず、これをしなかった。
・Yは、開発過程の各段階において通常行うべきことを行っていない。

Yの反論
・本件バグは、詳細設計のレベルにおいて生じたものであるから、Yが、要件定義によって本件バグを予見することは不可能であり、また、回避することも不可能であった。また、本件バグのように、多数の条件が組み合わさるような特別なケースにのみ顕在化するバグについては、発注者による受入テストにおいて検出することは極めて困難である。
・本件バグの作込みを容易に回避できたにもかかわらず、回避しなかったとの主張について、富士通は被控訴人の債務の履行補助者に該当しないから、富士通の故意・重過失がYの故意・重過失と同視されることはない。
・本件バグを容易に発見・修正できたにもかかわらず、これをしなかったとの主張について、本件売買システムの開発過程において、発見された不具合を富士通が修正する際には、担当者が原因解析結果に基づく設計又はプログラムの修正案を作成し、上席者がレビューした上で、修正方法を決定し、実際の修正が行われていた。また、かかる修正後のテストの際も、修正プログラムの動作確認テスト及びデグレ確認テストが行われており、テスト項目についても上席者によるレビューが行われていた。このように、富士通による修正の際には、修正により別の不具合が生じることのないよう、レビューが実施されている。レビュー時に状態の確認を行ったとしても、本件バグを発見することはできない。
・開発過程の各段階において通常行うべきことを行っていないとの主張について、規範的要件である「重過失」は、それを根拠づける具体的事実(評価根拠事実)が要件事実であって、評価根拠事実が主張立証されて、初めて「重過失」が認定される。上記(略)に照らせば、控訴人が「重過失があること」の評価根拠事実を主張立証しない限り、Yの「重過失」は認定され得ず、Yの責任は認められない。
・Xが主張する「重過失があること」の評価根拠事実=「重過失がないこと」の評価障害事実は、いずれも失当である。

Xの再反論
・本件取消注文自体は、対象注文を取り消すというごく単純な注文である上に、仮に本件取消注文が出された状況が稀にしか生じない状況であったと考えても、Yの業務規程及びマニュアル等では、本件取消注文も処理されることが想定されており、また、処理されるべきものとして取引参加者に提示されているのであるから、Yは本件取消注文を処理できるコンピュータ・システムを提供しなければならなかったのであり、Yの負う義務の内容から本件取消注文の処理を除外することはできない。
・基本的かつ重要な注意義務の違反が存在する場合には、基本的かつ重要な注意義務の違反があるにもかかわらず「重過失がないこと」を認めるべき「特段の事情」がない限り、「重過失がない」とは認められない。Yは注意義務を果たしていれば容易に債務の履行を実現できたにもかかわらず、これを果たすことを怠っており、Yには著しい注意義務違反があるといえるから、Yに重過失がないとはいえない。
・債務者が、第三者を用いることによって自らの契約上の債務の内容を一方的に変更・縮減することは、当然のことながら、許されない。Yは、債務の「履行行為自体の一部」ないし「履行の前提となる準備行為」であるコンピュータ・システムの構築に、自らの意思に基づいて富士通を関与させたのであるから、富士通の故意・重過失はYの故意・重過失と信義則上同視される。富士通はYの履行補助者に該当する。
・Yは、本件売買システムの開発過程の各段階(要件定義・基本設計・プログラミング・テスト・検収・稼働判定)において、「取消注文を処理できるコンピュータ・システム」を構築するために通常行うべきことを行っておらず、また、富士通を通じて富士通の担当者に行わせることもしていなかった。開発過程全体を通じて、Yは、本件バグないし取消注文処理ができないような事態を避けるべく、富士通の担当者と十分なコミュニケーションをとり、バグを回避する手順に則った開発作業を行うことを怠った。また、プログラミングの段階で富士通の担当者は、不良事象の修正に当たって当然に行うべき確認、検討、レビュー等を行わず、富士通及びYはデータベースのデータの状態を確認する体制を整えておらず、富士通の担当者はソースコード中のプログラムの処理に使用されないセクションに「*」を付して無効化するといった管理もしていなかった。以上の通り、被控訴人の債務の履行は容易であったことから、Yに重過失がないとはいえず、むしろ重過失がある。
・本件売買システムでは、本来処理することが想定されていた取消注文が処理されず、かつ、Yが適切なテスト等を行っていれば本件バグのない売買システムを提供することが可能であったのであるから、本件売買システムは、一定の技術水準を満たす合理的な信頼性のあるシステムとはいえず、義務違反が認められる。

争点に対する裁判所の判断
「重過失(重大な過失)について、判例(最高裁昭和32年7月9日判決・民集11巻7号1203頁)では「ほとんど故意に近い著しい注意欠如の状態」と表現し、「ほとんど故意に近い」とは「通常人に要求される程度の相当な注意をしないでも、わずかな注意さえすれば、たやすく違法有害な結果を予見することができた」のに「漫然とこれを見過ごした」場合としている。これは、結果の予見が可能であり、かつ、容易であるのに予見しないである行為をし、又はしなかったことが重過失であると理解するものである。これに対して、重過失に当たる「著しい注意欠如の状態」とは著しい注意義務違反、すなわち注意義務違反の程度が顕著である場合と解することも可能である。これは、行為者の負う注意義務の程度と実際に払われた注意との差を問題にするものである。前者のような理解は重過失を故意に近いものと、後者のような理解は重過失を故意と軽過失の中間にあるものと位置づけているようにも解される。」
「今日において過失は主観的要件である故意とは異なり、主観的な心理状態ではなく、客観的な注意義務違反と捉えることが裁判実務上一般的になっている。そして、注意義務違反は、結果の予見可能性及び回避可能性が前提になるところ、著しい注意義務違反(重過失)というためには、結果の予見が可能であり、かつ、容易であること、結果の回避が可能であり、かつ、容易であることが要件となるものと解される。このように重過失を著しい注意義務違反と解する立場は、結果の予見が可能であり、かつ、容易であることを要件とする限りにおいて、判例における重過失の理解とも整合するものと考えられる。そうすると、重過失については、以上のような要件を前提にした著しい注意義務違反と解するのが相当である。」
「本件においては、まず、Yの負う広義のシステム提供義務に求められる注意義務の程度は事柄の性質上高いものであると解すべきである。そして本件売買システムの不具合は、逆転気配の契機となった一部約定対象注文を被取消注文として取消待ちとなる取消注文が入力されると、判定条件の誤りによって全部約定対象注文と判定され、被取消注文の検索・取消処理に至らずに取消注文の処理が終了してしまうというものである」
「さらに不具合の原因は本件バグにあるところ(当事者間に争いがない。)、Yに重過失ありと評価するためには、本件バグの作込みの回避容易性又は本件バグの発見・修正の容易性が認められることが必要となる。もっとも、現在においては本件バグの存在と本件不具合の発生条件が明らかになっているところ、その結果から本件バグの作込みの回避容易性等について議論する(いわゆる後知恵の)弊に陥ることがないように判断することが要請される。
なお、Yは、富士通がYの履行補助者に該当しない旨主張する(当事者の主張18頁)。そこで判断するに、Yは、本件売買システムの開発を富士通に委託したものであるが、その開発は、取引参加者に対して市場システムを提供する前提となる行為であるから、Yが富士通にその開発を委託したものである以上、富士通の故意・重過失は、Yの故意・重過失と信義則上同視されるという意味において、富士通は、Yの履行補助者ということができる(なお、以下では富士通の行為を含めてYの行為ということがある。)。Yの上記主張は、これを採用することはできない。」
「本件バグの作込みを回避することが容易であったとは認めることができず、また、本件バグの発見・修正が容易であったとも認めることができない。この争点は、科学的・技術的争点であるが、当事者双方が提出する専門家意見書が相反するものであり、甲乙つけがたいものであるところ、この点の判断に当たっては前述(略)したとおり、いわゆる後知恵の弊に陥ることがないようにするが肝要である。このような観点からみるに、Xの主張に沿う専門家意見書は、本件売り注文を取り消す注文が処理されなかったことの機序及び原因が判明した後に、それを前提として作成されたものであるから、そのことを加味した証拠評価をすることになる。そして、Yの主張に沿う専門家意見書も少なからずみられることは、上記に説示したところである。そのような双方の専門家意見書の証拠評価を試みた結果、本件においては、一定の蓋然性ある事実として、本件バグの発見等が容易であることを認定することが困難であったということに尽きる。争点の性質上、司法判断としてはやむを得ないところである。また、本件不具合が複数の条件が重なることにより発生する性質のものであったことも、Yにおいて、結果の予見が可能であり、かつ、容易であったとの認定を阻むものである。」
「本件においては、Yの重過失(著しい注意義務違反)の要件である結果の予見が可能であり、かつ、容易であること、結果の回避が可能であり、かつ、容易であることが充足されていないことになる。したがって、Yは、取消注文に対応することのできない売買システムを提供するという債務不履行があったが、重過失があったものと評価することはできない。
なお、Xは、Yはコンピュータ・システム運用上フェールセーフ措置を容易に講じ得たのに行わなかった旨主張する(当事者の主張46頁)が、本件不具合の性質に照らして、Xの主張するようなエラー表示をするような措置をとることが容易であったと認めることは困難である。したがって、この点をもって重過失があったと評価することとはできない。」

コメント
重過失の判断過程を整理したもので、参考になる裁判例です。
もっとも、本件のようなプログラムのバグに関して、どのようなものが重過失の対象となるのかは明らかになっておらず、ケースバイケースの判断となってきます。
この点、システムの稼働後、5年間以上にわたり、本件不具合と類似する不具合等を生じることがなかったこと、本件不具合が複数の条件が重なることにより発生する不具合であったこと(上記原判決の補正(27))は、稼働開始後の事情であるが、本件バグの発見の容易性という評価を阻害する間接事実ということができるとされている点は実務上参考になります。
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