コラム

ITと知的財産権

応用美術の著作物性が争われた判決

美術の著作物は、著作権法第10条第4号に例示されている絵画や版画、彫刻といったものが典型的です。このような専ら鑑賞を目的とする美術を「純粋美術」といい、これらが著作物にあたることは争いがありません。他方、実用品の中でも美術として鑑賞に耐えうるものは、「応用美術」と呼ばれ、それらが著作物にあたるかについては争いがあります。

応用美術の著作物性については、こちらのコラムに詳しく書いていますのでご覧ください。
応用美術に著作権はあるか(意匠権と著作権との関係)

 

さて、今回ご紹介する判決は、Tシャツに印刷されたデザインについて、応用美術の著作物性が争われたものです。
(今回取り上げる争点以外にも、当該裁判において、著作権(複製権又は翻案権及び譲渡権)侵害の有無、同一性保持権侵害の有無、X商標とY標章の類否、商標的使用該当性、損害の発生の有無及び額、差止め及び廃棄の必要性等が争われました。)

裁判年月日など

東京地方裁判所 令和5年9月29日付け判決
損害賠償請求事件

事案の概要

本件は、XがYに対し、Yが販売するTシャツに付したYのイラストが、Xのイラストに係るXの著作権(複製権又は翻案権及び譲渡権)及び著作者人格権(同一性保持権)並びにXが有する商標権を侵害しているとして①             著作権法112条1項に基づくXのイラストの複製、翻案及び譲渡の差止め、②商標法36条1項に基づくYの販売するTシャツにYのイラストを付すこと及びYのイラストを付したTシャツの譲渡等の差止め、③著作権法112条2項又は商標法36条2項に基づくY製品の廃棄及びYのイラストの画像データの削除、④不法行為(民法709条)に基づく損害金及び遅延損害金の支払いを求めた事案です。

当事者

X:衣料品、衣料雑貨品等のデザイン、企画、製造販売、受託販売等を目的とする会社
Y:アパレル製品、靴、カバン、アクセサリー等の企画、仕入、製造、販売、委託販売、レンタル、リース及び輸出入を目的とする会社

Xは、XやXブランドのコンセプトを表すXイラスト1を作成しました。このXイラスト1と同一の商標について、商標登録をしています。
Xは、TシャツにXイラスト2を印刷し、販売したり、他のアパレル会社とのコラボレーションをしてXイラスト1又はXイラスト2の色彩を改変したりブランド名を記載したりしたものをTシャツ等の胸元に印刷して販売することがありました。

Xのイラスト(1、2)及びXの製品(Tシャツ)は以下の画像のとおりです。

判決(別紙)原告イラスト目録及び原告製品目録より引用

 

Yは、Yの自社ブランドの一商品としてYのイラストが描かれたY製品の販売を開始し、これを計468枚販売しました。

Yの製品は以下の画像のとおりです。

判決(別紙)被告製品目録より引用

Xの製品とYの製品を比較した画像は以下です。

本件の争点(Xイラスト2の著作物性について)

Xの主張

Xイラスト2は、Xブランドの第1号店舗が(…)海に近いロケーションであったことに着想を得て、(…)「リゾートらしい雰囲気」や「リラックスした雰囲気」といった思想又は感情を、リゾート地で優雅な休日を送る古き良き時代の海外の女性の姿に重ねて、ポップアート風の明快でキャッチーな手法により、絵画として創作的に表現したものである。したがって、Xイラスト2は美術の著作物(著作権法10条1項4号)に当たる。

Yの主張

Xイラスト2は、シンボルマークとして作成されたXイラスト1を基に作成されたものであって、Xのシンボルマークとして利用され、又は、アクセサリーやTシャツ、パーカー等の商品に付される形態で利用されていることから明らかなように、専ら美術鑑賞を目的として作成された純粋美術ではない。
(…)Xイラスト2は、簡略化された太い線で輪郭が記載された、ビーチマットと水着の女性のみから構成された図案で、赤、黒、肌色、黄色と識別容易なはっきりとした色彩で構成され、板の上で寝そべる水着女性を抽象化した表現であり、シンボルマークとして機能し得るように単純化された図柄である。このような、シンボルマークとして機能するため実質的な制約を受けて作成された図柄は、純粋美術と同視し得るものとはいえないし、美術鑑賞の対象となり得るような美的特性が存するものともいえない。
したがって、X各イラストには、著作物性が認められない。

争点に対する裁判所の判断

Xイラスト2が「著作物」として保護されるためには、「文芸、学術、美術又は音楽の範囲に属するもの」(著作権法2条1項1号)であることが必要であるところ、著作権等の成立に審査及び登録を要せず、著作権等の対外的な表示も要求しない我が国の著作権制度の下において、上記の要件を充たすといえるためには、美術鑑賞の対象となり得る美的特性を備えていなければならないと解される(最高裁平成10年(受)第332号同12年9月7日第一小法廷判決・民集54巻7号2481頁参照)。

そして、Xイラスト2は、実用性を有する有体物であるTシャツ等に印刷して利用することが予定されているところ(…)、このような場合に上記の要件を充たすか否かを判断するに当たっては、実用性が当該有体物の機能に由来することに鑑み、実用目的を達成するために必要な機能に係る構成と分離して、美術鑑賞の対象となり得る美的特性を備えている部分を把握できるか否かという基準によるのが相当である。

これをXイラスト2についてみると、(…)Xイラスト2は、Tシャツ等の衣類の胸元等に印刷されていたことが認められるところ、当該Tシャツ等が上衣として着用して使用するための構成を備えていたとしても、イラストとしての美的特性が変質するものではなく、また当該Tシャツ等が店頭等に置かれている場合はもちろん、実際に着用されている場合であっても、その美的特性を把握するのに支障が生じるものでもないから、実用目的を達成するために必要な機能に係る構成と分離して、美術鑑賞の対象となる美的特性を把握することが可能であるといえ、上記の要件を充たすものと認められる。

さらに、著作権法は「著作物」について、「思想又は感情を創作的に表現したもの」(著作権法2条1項1号)と規定しているから、Xイラスト2が著作物性を有すると認められるには、同要件を充たす必要がある。

(…)Xイラスト2は、水に浮かぶビーチマットの上で、サングラスをかけた水着姿の女性が、ハイヒールを履いたまま、うつ伏せで寝そべる様子をイラストにしたものである。そして、Xイラスト2は、①女性とビーチマットの輪郭を、あえて太目で丸みを帯びた黒線で描くとともに、細かい光の加減等による色味の差を捨象し、平面的で単一的な彩色を採用することにより、レトロ感とポップ感を表現し、イラストに明快な存在感を与えている点、②ビーチマットの下部に水や波を直接描かず、同ビーチマットの下部を波型に切り取ることにより、同ビーチマットが水に浮かんでいることを表現している点、③女性が足を前後させて、遠くを見ている仕草をあえて背後から描き、リゾート地で女性がリラックスしているという印象を与えている点、④女性の足元には、裸足やビーチサンダルではなく、あえてハイヒールを描き、常識に縛られないイメージを表現している点において、選択の幅がある中から作成者によって敢えて選ばれた表現であるということができるから、作成者の思想又は感情が創作的に表現されていると認められる。

したがって、Xイラスト2については、上記の要件を充たすものと認められる。

コメント

著作権侵害の判断基準には、①著作物性、②依拠性、③類似性の判断が必要になります。
このうち、今回取り上げた事例は、依拠された作品がTシャツに印刷されたイラストであったため、①著作物性、すなわち、イラストや画像が「著作物」かどうかが争われた事例です。

この点については、本判決では、「実用目的を達成するために必要な機能に係る構成と分離して、美術鑑賞の対象となり得る美的特性を備えている部分を把握できるか否かという基準」を用い、「当該Tシャツ等が上衣として着用して使用するための構成を備えていたとしても、イラストとしての美的特性が変質するものではなく、また当該Tシャツ等が店頭等に置かれている場合はもちろん、実際に着用されている場合であっても、その美的特性を把握するのに支障が生じるものでもない」と認定して著作物性を肯定しており、参考になります。

 

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