裁判年月日など
東京高裁平成2年7月24日付判決
事案の概要
本件は、雑誌「フライデー」の編集発行を行っているYらが、有名作家Aと交際し、その将来の再婚相手としてマスコミに取り沙汰されていた女性Xの自宅内における肖像等を撮影し、雑誌に掲載した事案です。
Yは、母と姉と3人で住んでいるXの自宅との境界にある高さ1.75mのコンクリート塀の上もしくはその近くにカメラを設置し、暗がりからX宅の1階のダイニングキッチンをのぞき見て、Xの容貌・姿態を撮影する機会をうかがい、夕食の準備をしていたXの容姿をXの了解を得ることなくひそかに撮影し、その写真等を「フライデー」に掲載しました。これによって、Xは、Yに対し損害賠償の支払いと妨害排除の予防措置を求めました。
本件の争点
Xの肖像はマスコミによって既に取り沙汰されているが、本件掲載によって肖像権を侵害したといえるか。
争点に対する裁判所の判断
人が自己の容貌・姿態をその意に反して撮影され、広く公表された場合、羞恥、困惑などの不快な感情を強いられ、精神的平穏が害される結果を招くことは、通常予想されるから、こうした不利益を受けないことは個人の人格的利益として法的保護の対象とされるべきである。殊に人が自己の居宅内において、他人の視線から遮断され、社会的緊張から解放された形で個人の自由な私生活を営むことは、人格的利益として何よりも尊重されなければならないから、居宅内における容貌・姿態を第三者が無断で写真撮影し、広く公表することは、被撮影者に一層大きな精神的苦痛を与えるものであり、不法行為を構成することはいうまでもないところである。
(中略)個人の肖像写真の撮影及び出版物への掲載により人格的利益が侵害された場合の違法性の判断においては、表現、報道の自由との適正な調整を図る必要があり、当該写真の撮影及びその掲載が、公共の利害に関する事実の報道に必要な手段として公益を図る目的のもとに行われたものか否か、仮にそうだとしても、当該写真の内容、撮影手段及び方法が右報道目的からみて必要性・相当性を有するか否か、という観点から検討しなければならない。
(中略)Aの社会的、文学的活動がY主張のとおりのものであったとしても、その将来の再婚相手としてマスコミに取り沙汰されていた者にすぎないX個人の肖像自体はAの社会的、文学的活動、これらについての論評とは関わりがないというべきであり、Yの主張する前記事情をもって、違法性を阻却するに足りる公共の利害に関する事実であるとは解し難い。また、マスコミの報道の集中、社会的関心の存在は公共の利害に関する事実に該当することを直ちに根拠づけるものではない。
コメント
類似の裁判例として、東京地裁平成17年10月27日付判決 の謝罪広告等請求事件では、文藝春秋のカメラマンBが、プロ野球チームの元オーナーであるCが自宅居室内においてガウン姿でいるところを写真に撮り、「週刊文春」に掲載したことにつき、プライバシー権が争われました。
この事案では、Bの居住するマンションの面する公道に隣接する遊歩道から、居室内にいるガウン姿のCを、カメラマンBが窓のガラス越しに撮影したものであり、カーテンを閉めていなければ遊歩道上から誰もが現認できる(Bの主張)Cの姿を撮影したのであって、相当程度の高さのある塀の外側からのぞきこんだ上で居宅を撮影したフライデー事件とは異なります。また、Cは、様々な公的役職を務めてきており、プロ野球チームのオーナを辞任して間もないという事情から、いわゆる公的存在であったといえます。
しかし、この事案においても、裁判所は、
人がその承諾なしにみだりにその容貌・姿態を撮影され公表されないことは、個人の人格的利益として法的保護の対象となるというべきである。特に,自宅の室内においては,他人の視線から遮断され,社会的緊張から解放された無防備な状態にあるから,かかる状態の容貌・姿態は,誰しも他人に公開されることを欲しない事項であって,これを撮影され公表されないことは,個人の人格的利益として最大限尊重され,プライバシーとして法的保護を受けるというべきである。
(中略)自宅居室内においてガウンを着ている容貌・姿態は,他人の視線から遮断され,社会的緊張から解放された無防備な状態にあって,誰しも公開されることを欲せず,純粋な私的領域に係る事項であるから,公衆の正当な関心事に該当するとは認められない。
よって,原告が,公的存在であるからといって,本件写真の撮影及び公表について黙示に承諾していたとは認めることができない。
等と評価し、カメラマンBらが写真を撮影し公表したことについて、プライバシー侵害があるとの判断をしています。
このように、事案は多少異なっても、他人の自宅内を撮影した写真を公開することは通常、権利侵害となりますので注意が必要です。