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IPO・M&Aを見据えたストックオプション ― ベスティング&アクセラレーションの実務

はじめに
ストックオプションは、企業が役員や従業員に対してインセンティブとして付与する株式取得権であり、企業価値向上への貢献を促す報酬制度として広く活用されています。特にベンチャー企業やスタートアップでは、優秀な人材の獲得・定着、長期的な企業成長のためにストックオプションの設計が重要となります。その中でも「べスティング条項」と「アクセラレーション条項」は、制度設計の要となるポイントです。本コラムでは、これらの条項の意味と設計時の注意点、具体例について解説します。

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べスティング条項の意義と設計のポイント
べスティング(vesting)とは、ストックオプションの権利が一定期間の経過や条件の達成により段階的に確定していく仕組みです。例えば、付与されたストックオプションのうち、入社日から1年ごとに25%ずつ権利が確定する、というような設計が一般的です。
べスティング条項を設ける主な目的は、役職員が短期的な利益のみを追求してすぐに退職することを防ぎ、長期的な企業価値向上への貢献を促すことにあります。べスティングがない場合、権利行使期間に入ると一斉に行使され、退職者が大量に出るリスクがあります。
べスティングの設計には「クリフ(Cliff)」という概念もあり、一定期間(例:1年)は全く権利が確定せず、その期間を過ぎて初めて一定割合が一括して確定する仕組みです。
べスティングの起算日は「入社日」「割当日」「上場日」など様々なパターンがあり、会社の成長段階や人材の貢献度に応じて柔軟に設計することが重要です。
退職時の取り扱いについても、べスティング済み分は退職後も権利行使可能とするか、失効とするかを明確に定めておく必要があります。近年は、初期メンバーの貢献に報いるため、退職後もべスティング済み分の権利行使を認める設計が増えています。

べスティング条項設計時の注意点
1)インセンティブ効果の最大化
べスティング期間や割合の設定は、会社への貢献度や在籍期間と連動させることで、長期的なインセンティブ効果を高めることができます。
既に在籍期間が長いメンバーに対しては、べスティング期間を短縮するなど公平性にも配慮が必要です。
2)退職時の権利消滅・維持の判断
退職時にべスティング済み分を失効させるか、維持させるかは、会社の人材戦略や報酬哲学に基づき慎重に検討します。
退職後も権利行使を認める場合、初期メンバーのリスクテイクへの報酬や、スタートアップエコシステムの活性化に寄与します。
3)発行枠・希薄化リスクへの配慮
ストックオプションの発行枠は、投資契約等で上限(例:10%)が定められることが多いですが、会社の成長や人材獲得戦略に応じて柔軟に設計することが重要です。
過大な発行は既存株主の持株比率の希薄化や株価への影響を招くため、資本政策と連動して慎重に検討します。
4)制度の柔軟性と変更可能性
スタートアップは環境変化が激しいため、べスティング条件や行使条件の見直しが可能な柔軟な設計が望まれます。

べスティング条項の具体例
入社日起算べスティング:入社日から1年ごとに25%ずつ権利確定し、4年で100%が確定する。
上場日起算べスティング:上場から1年後に50%、2年後に残り50%が確定する。
クリフ付きべスティング:入社後1年間は権利確定なし、1年経過時に一括して25%が確定し、その後毎月または毎年一定割合が確定する。
退職時の取り扱い:べスティング済み分は退職後も権利行使可能とする設計、または退職時に全て失効とする設計など。

アクセラレーション条項の意味と実務上の位置付け
アクセラレーション(Acceleration)条項とは、M&AやIPOなど特定のイベントが発生した場合に、未べスティング分のストックオプションが一括して権利確定(べスティング加速)する仕組みです。
例えば、会社が買収された場合、従業員の貢献に報いるため、通常は数年かけてべスティングされる予定だったストックオプションが一度に全て確定し、権利行使可能となる設計です。
アクセラレーション条項は、M&A時の従業員の報酬確保や、買収後の人材流出防止、買収交渉の円滑化などの観点から重要な役割を果たします。
実務上は、M&A時にストックオプションの権利者が権利行使し、取得した株式を買収会社が買い取るという処理が一般的です。

アクセラレーション条項設計時の注意点と具体例
アクセラレーションの対象となるイベント(M&A、IPO等)を明確に定義し、発生時の処理方法(全額加速、一部加速、買収会社による株式買取等)を新株予約権発行要項や割当契約で事前に定めておくことが重要です。
税制適格ストックオプションの場合、権利行使期間や加速のタイミングによっては税制非適格となるリスクがあるため、税務面の確認も不可欠です。
例:M&A発生時に未べスティング分を全額加速し、権利者が一括して権利行使できるようにする。買収会社が株式を買い取ることで、従業員の報酬を確保する。

まとめ
ストックオプション設計の実務的留意点 ストックオプションのべスティング条項は、長期的なインセンティブ効果と人材のリテンションを実現するための重要な仕組みです。設計にあたっては、会社の成長段階や人材戦略、資本政策、税務面など多角的な視点から慎重に検討する必要があります。また、アクセラレーション条項は、M&A等の特別なイベント時に従業員の報酬を確保し、企業価値向上への貢献を適切に評価するための制度です。両者とも、事前の契約設計と柔軟な運用が求められます。
当オフィスでは、ストックオプションの導入についての相談もお受けしていますので、お気軽にご相談ください。

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