以下は、以前に大学で講演したものを内容を若干アップデートして再掲するものです。
はじめに
2016年4月に施行された「障害を理由とする差別の解消の推進に関する法律」、通称「障害者差別解消法」は、日本の社会、特に高等教育機関における障害のある学生への支援体制を根本から変える転換点となりました 。
この法律は、2006年12月の国連総会で採択された「障害者の権利に関する条約」への日本署名(2007年9月)と、それに伴う国内法整備の動きがあり、2011年8月の「障害者基本法」の改正を経て、2013年6月に公布されました。
この法の施行当初、事業者(大学等を含む)による合理的配慮の提供は「努力義務」とされていましたが、社会情勢と権利保障への意識の高まりを受け、法律は大きな進化を遂げました。
2024年4月1日に施行された改正障害者差別解消法により、これまで努力義務であった事業者(大学、短期大学、高等専門学校等を含む)による障害者への合理的配慮の提供は、法的義務へと変更されました。
これは、障害学生支援における教育機関の責務を、従来の「努力」から「義務」へと格上げするものであり、現在の支援体制を考える上で最も重要な変更点となります。
法律が定める四つの重要概念の再確認
障害者差別解消法を理解する上で、以下の四つの重要用語とその意味を深く掘り下げることが不可欠です。
1. 障害者の定義とその包括性
法律上の「障害者」とは、「身体障害、知的障害、精神障害(発達障害を含む。)その他の心身の機能の障害(以下「障害」と総称する。)がある者であって、障害及び社会的障壁により継続的に日常生活又は社会生活に相当な制限を受ける状態にあるもの」を指します(法2条1号) 。
ここで重要なのは、この定義が発達障害を含む と明記されている点 と、手帳所持者に限られないという点です 。
教育機関は、障害者手帳の有無にかかわらず、心身の機能の障害によって社会生活に制限を受けているすべての学生に対して、法の趣旨に基づいた対応を求められます。
2. 不当な差別的取扱いの禁止
事業者は、その事業を行うにあたり、障害を理由として障害者でない者と不当な差別的取扱いをすることにより、障害者の権利利益を侵害してはならないとされています(法8条1項) 。
これは、正当な理由なく障害者を不利に扱うことを禁じる規定です。
具体的な禁止事例には、以下のようなものが含まれます:
・窓口対応の拒否、または対応順序の後回し 。
・学校への入学の出願受理、受験、入学、授業等の受講や研究指導、実習等校外教育活動、入寮、式典参加を拒むことや、これらを拒まない代わりに正当な理由のない条件を付すこと 。
・試験等で合理的配慮を受けたことを理由に、当該試験等の結果を学習評価の対象から除外したり、評価において差を付けたりすること 。
「正当な理由」の判断にあたっては、抽象的に事故の危惧がある、危険が想定されるといった一般的・抽象的な理由に基づいて障害者を不利に扱うことは、法の趣旨を損なうため不適当であるとされています 。
3. 合理的配慮の提供の目的と範囲(法的義務)
事業者は、障害者から現に社会的障壁の除去を必要としている旨の意思表明があった場合において、その実施に伴う負担が過重でないときは、(中略)必要かつ合理的な配慮をしなければなりません(法8条2項の義務化)。
この「合理的配慮」の目的は、障害者でない者との比較において同等の機会の提供を受けるためであり、教育の機会均等を実質的に保障することにあります 。
ただし、配慮は無制限ではなく、事業の目的・内容・機能の本質的な変更には及ばない、とされています 。教育機関においては、これは「授業の本質的な部分を変更してはいけない」という原則として適用されます 。
合理的配慮は、同等の「機会」を提供するためのものであり、単位認定等において達成度を変更させるものではないことに留意が必要です 。
本質的部分以外については、柔軟に対応することが望ましいとされています 。
4. 過重な負担の判断基準
合理的配慮の提供が法的義務となったことで、「過重な負担」の判断の重要性が増しています。
過重な負担にあたるかどうかの判断は、個別の事案ごとに具体的場面や状況に応じた検討を行う必要があり、一般的・抽象的な理由に基づいて過重な負担と判断することは法の趣旨を損なうため不適当であるとされています 。
財政的・人的資源の状況、配慮の規模や継続性、事業の本質への影響など、多角的な視点から慎重に判断する必要があります。
支援を支える「建設的対話」と具体的事例
合理的配慮が多様かつ個別性の高いものである以上、その提供は一律のルールでは対応できません。
そこで鍵となるのが建設的対話です 。
合理的配慮は、代替措置の選択も含め、双方の建設的対話による相互理解を通じて、必要かつ合理的な範囲で柔軟に対応がなされるものとされています 。
この対話のプロセスこそが、義務化された配慮を適切かつ現実的に実現するための基盤となります。
高等教育機関における具体的配慮事例
高等教育機関における具体的配慮事例は多岐にわたります:
授業・学習支援:
・読み書き困難な学生へのICT機器の使用許可、または筆記に代わる口頭試問による学習評価 。
・板書やスクリーン等がよく見えるように、黒板等に近い席を確保すること 。
・点字や拡大文字、音声読み上げ機能を使用して学習する学生のために、教科書や資料を点訳・拡大したものやテキストデータを事前に渡すこと 。
コミュニケーション支援:
・筆談、要約筆記、読み上げ、手話、点字など多様な手段の利用 。
・知的障害のある利用者に対し、抽象的な言葉ではなく具体的な言葉を使い、理解を確認すること 。
・こだわりがある学生のために、意思を伝えることに時間を要する場合があることを考慮して、時間を十分に確保したり個別に対応したりすること 。
試験・実習等の対応:
・入学試験や検定試験において、別室での受験、試験時間の延長、点字や拡大文字、音声読み上げ機能の使用等を許可すること 。
・発達障害等で人前での発表が困難な学生に対し、代替措置としてレポートを課したり、発表を録画したもので学習評価を行ったりすること 。
・実験・実習でグループワークができない学生等に対し、個別の実験時間や実習課題を設定したり、個別のティーチング・アシスタント等を付けたりすること 。
環境整備・災害対応:
・移動に困難のある学生等のために、通学のための駐車場を確保したり、教室をアクセスしやすい場所に変更したりすること 。
・介助等を行う学生、保護者、支援員等の教室への入室、移動支援、待合室での待機を許可すること 。
増加し続ける障害学生と今後の課題
日本学生支援機構(JASSO)の調査では、大学等における障害学生数は、継続して増加傾向にあります。
特に、精神障害や発達障害を持つ学生の増加は顕著であり 、障害学生支援がもはや一部の学生への特別な対応ではなく、多様性を前提とした教育機関のインフラの一部として不可欠であることを示しています。
おわりに
障害者差別解消法の改正による合理的配慮の法的義務化は、教育機関に対して、より確実で質の高い支援体制の構築を迫っています。
この責務を果たす鍵は、学生と支援者、教職員が建設的対話を通じて相互理解を深め、教育の本質を維持しつつ、柔軟かつ個別的な支援を継続的に実現していくことにあります。
当事務所では、経験豊富な弁護士が学校と学生・生徒との建設的対話に関与することで、双方にとってより良い結果を導くことを目的とするサービスを提供しています。お気軽にご相談ください。
障害学生支援のページはこちら






