コラム

ITと知的財産権

文字起こしは「複製」か「翻案」か ― 著作権法からみた実務的判断

はじめに
録音テープを文字に起こす、いわゆる「テープ起こし」は、現代のビジネスや学術、法務の現場で広く行われている作業です。しかし、この行為が著作権法上の「翻案」に該当するか否かは、実務上しばしば議論の対象となります。本コラムでは、著作権法における翻案の定義や判例、関連する法理を踏まえ、録音テープの文字起こしが翻案に該当するかについて詳しく解説します。

このテーマについて相談する

著作権法における「翻案」の定義
著作権法27条は、著作者がその著作物を翻訳、編曲、変形、脚色、映画化、その他翻案する権利を専有すると定めています。しかし、条文上「翻案」の明確な定義はなく、実務や判例によりその解釈が形成されています。特に、言語の著作物の翻案については、江差追分事件最高裁判決が基準を示しており、以下のように整理されています。
・既存の著作物に依拠し、
・その表現上の本質的な特徴の同一性を維持しつつ、
・具体的表現に修正、増減、変更等を加えて、
・新たに思想又は感情を創作的に表現することにより、
・これに接する者が既存の著作物の表現上の本質的な特徴を直接感得することのできる別の著作物を創作する行為
とされています。

翻案と複製の違い
翻案と複製の違いは、当該著作物に対して新たな創作的表現を付加しているか否かにあります。創作的表現の付加がない場合は複製、付加がある場合は翻案となります。例えば、単なる機械的な変換や、表現上の創作性がない部分の変更は翻案には該当しません。

録音テープの文字起こしの法的評価
録音テープの内容が著作物(例えば講演、対談、朗読など)である場合、その文字起こしは、原則として「複製」に該当する行為と考えられます。なぜなら、録音された言語表現をそのまま文字に変換するだけでは、創作的な修正や変更が加えられていないためです。
単なる文字起こしは、録音された内容の表現形式(音声)を文字という別の媒体に移すだけであり、表現上の本質的特徴の同一性を維持したまま、創作的な修正や変更が加えられていない場合がほとんどです。
したがって、文字起こしは「複製」に該当し、「翻案」には当たらないと解されます。
ただし、文字起こしの過程で、内容に創作的な修正や増減、変更が加えられ、元の著作物の表現上の本質的特徴を直接感得できる新たな著作物が生まれる場合には、翻案に該当する可能性があります。

判例・実務の傾向
江差追分事件最高裁判決をはじめ、多くの裁判例では、翻案に該当するか否かの判断基準として「既存の著作物の表現上の本質的特徴を直接感得できるか」「創作的な修正・変更が加えられているか」が重視されています。録音テープの文字起こしが単なる複製にとどまる場合、翻案権侵害は認められません。
例えば、講演録の文字起こしが、講演者の話し言葉をそのまま文字にしただけであれば、創作的な表現の付加がないため複製に該当します。
一方、文字起こしの過程で、話し言葉を文語体に変換したり、内容を要約・再構成したりするなど、創作的な修正が加えられた場合は、翻案に該当する余地が生じます。

実務上の注意点
録音テープの文字起こしを行う際、原著作物の著作者の許諾が必要となるのは、翻案に該当する場合です。単なる複製であれば、複製権の範囲で処理されます。
文字起こしの内容に創作的な修正や変更を加える場合(例えば、要約、脚色、編集など)は、翻案権の許諾が必要となるため、事前に権利処理を行うことが重要です。
実務では、文字起こしの範囲や方法、利用目的に応じて、複製と翻案の区別を慎重に判断する必要があります。

まとめ
録音テープの文字起こしは、原則として著作権法上の「複製」に該当し、「翻案」には当たらないと解されます。ただし、文字起こしの過程で創作的な修正や変更が加えられ、元の著作物の表現上の本質的特徴を直接感得できる新たな著作物が生まれる場合には、翻案に該当する可能性があります。したがって、文字起こしの実務においては、複製と翻案の区別を意識し、必要に応じて権利処理を行うことが重要です。

このテーマについて相談する

PAGE TOP