コラム

IT関連の裁判例

インターネット広告取引で錯誤無効等が争われた裁判

判決の年月日など
東京地裁 平成29年1月23日付け判決

事案の概要
本件は,インターネットでの広告業務を目的とする株式会社であるXがYに広告配信契約に基づき,Xに対し,平成27年2月分から4月分までの広告配信料(合計2558万8164円)及びこれに対する各支払期日の翌日から支払済みまで商事法定利率である年6パーセントの割合による遅延損害金を求めたところ,YがXに対して広告配信の注文(本件注文③)をしたことと,本件広告配信による報酬額についてはX主張額が認められるとした上で,Yは,配信対象となる広告にリスティング広告を追加し所定の条件の達成をXの債務(本件債務)とする本件変更合意を合意したのにXは本件債務を達成しなかったとして債務不履行による損害賠償請求権との相殺を主張した事案です。

XとYとの広告配信契約(本契約)の内容は,次のとおりでした。
・ディスプレイ広告とリスティング広告の2つの配信方式を含む。
・ディスプレイ広告の配信対象:YDN,GDN,Facebook,Twitter
・リスティング広告の配信対象:Yahoo!,Google
・広告配信の注文方法 Yは,Xに対し,月ごとの注文内容をメール又はファックスで送信

本件注文①平成27年2月1日から同月28日まで 同月末日締めの同年4月末日払い
本件注文②平成27年3月1日から同月31日まで 同月末日締めの同年5月29日払い
本件注文③平成27年4月1日から同月30日まで 同月末日締めの同年6月30日払い

本件の争点
【1】(YがXに対して平成27年4月分の広告配信の注文(本件注文③)を行ったか)
・Xの主張
Yは,Xに対し,平成27年4月の広告配信として,注文を行った。
・Yの主張
Xの主張は不知又は否認する。

【2】(Xが本件各注文に基づき行った広告配信の内容及びこれにより発生した報酬の額)
・Xの主張
本件契約においては,広告配信量の算出方法として以下のとおり合意されていた。
a ディスプレイ広告(CDN,YDN,Facebook),リスニング広告(Google,Yahoo!):CTsにCPCを乗じて算出する。
b ディスプレイ広告(Twitter):エンゲージメントにCPEを乗じて算出する。
・Yの主張
Xの主張は否認する。

【3】(債務不履行に基づく損害賠償請求権との相殺の成否)
・Yの主張
Yは,平成26年9月以降,Xにディスプレイ広告を委託していたところ,X及びYは,平成27年1月から,配信の対象となる広告にリスティング広告を追加し,また,CV及びCPAを達成することを,Xの債務の内容とする旨合意したが,Xは数値を一度も達成することができなかったのであって,Xは,Yに対し,債務不履行に基づく損害賠償責任を負う。
Yは,損害賠償請求権を自働債権として,Xの主張する広告配信料請求権を,その対当額において相殺する。
・Xの主張
X及びYの間で,本件債務をXの債務の内容とする合意はされておらず,Yは,本件変更合意に基づき,配信の対象となる広告にリスティング広告が追加されたと主張するが,Yが本件変更合意が成立したと主張する平成27年1月より以前から,リスティング広告の配信は行われていた。

【4】(説明義務違反に基づく損害賠償請求権との相殺の成否)
・Yの主張
Xは,本件変更合意を締結するに当たり,原契約と変更後の契約の内容の違いや見込まれる成果等をYに対して説明する信義則上の義務を負っていたが,Xは本件債務を達成するだけの業務遂行能力がないにもかかわらず,これについて適切な情報を提供しないまま,Yとの間で本件変更合意を締結したものであり,一般的なCPAを基準とすると,Xの請求する広告配信料は割高になっている。したがって,Xは,Yに対し,不法行為又は債務不履行に基づき,上記金額の損害賠償責任を負い,Yは上記損害賠償請求権を自働債権として,Xの主張する広告配信料請求権を,その対当額において相殺する。
・Xの主張
Yの主張は否認し,又は争う。

【5】(錯誤無効の成否)
・Yの主張
Yは,Xが行う広告配信業務について,資料請求数の実績を重視しており,所定のCV及びCPAを達成することがXの債務となっているものと認識していた。仮に,これが本件契約の内容になっていないのであれば,Yには,契約の要素に錯誤が生じていたものといえるから,本件契約は無効である。
・Xの主張
インターネット広告配信契約において,一定のCVの達成が契約内容となることは極めてまれであるから,Yの主張する錯誤は要素の錯誤に当たらない。

争点に対する裁判所の判断
【1】「Xは,平成27年4月24日,Yに対し,YからCの主張する内容の本件注文③を受けた旨述べるメールを送信しているところ,Yがこれに対して異議を述べた形跡はない。さらに,Yは,平成27年4月分の広告配信を注文したことを前提とするメールをXに送信している。これらの事実からすれば,YがXに対し,本件注文③をしたことが認められるというべきである。」
【2】「Xが,その主張する算定方法に基づき作成した配信レポート及び請求書をYに送付したのに対し,Yが,報酬の金額や算定方法等が異なるといった異議を述べた形跡がないこと,Yが,本件各注文以前の注文に係る報酬について,Xの主張する方法により算定された金額を支払っていたことを併せて考えれば,X及びYの間において,Xの主張する報酬の算定方法が合意されていたものと認めることができる。」
【3】「Yの主張するCVやCPAについて,これをXが広告配信業務を行うに当たっての目標値とするにとどまらず,これらを達成することをXの債務とする旨の合意があったと認めることはできないし,Yがそのような合意があると認識していたものと認めることはできない。」
【4】「X・Y間において本件変更合意が成立したことを前提とするところ,Yの主張はその前提を欠くものであり採用できない。」
【5】「Yが本件変更合意があったと認識していたとは認められないから,Yの主張には理由がない。」

コメント
インターネット広告の取引に関する裁判例の一つです。
被告は複数の主張をしていますが、「CV及びCPAを達成することを,Xの債務の内容とする旨合意したが,Xは数値を一度も達成することができなかった」との主張からすると、広告効果(又はそのコストパフォーマンス)に不満を有していたものと考えられます。
しかし、一般的に、インターネット広告取引において、Yの主張するような一定の成果達成を契約内容となることは極めて稀であり、本裁判でも、そのような合意はなかったと認定されてしまいました。
Yとすれば、Xに一定の成果達成についてコミットを求めたいのであれば、事前に書面上で明確にすべきであったと思われます。また、そのような合意をすることが困難であれば、広告期間・予算について、より小さいロットで発注し、見直しの機会を作ることも考えられたように思われます。

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