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ITと知的財産権

『TOEIC対策問題集』は商標権侵害になる?――商標的使用の考え方

はじめに
書店に行くと、「TOEIC対策問題集」や「英検過去問題集」といった、特定の試験やサービスの名称を冠した書籍が数多く並んでいます。これらの試験名やサービス名は、多くの場合、商標として登録されています。では、登録商標であるサービス名を題名に含んだ「対策本」を出版する行為は、商標権の侵害にあたるのでしょうか。 この問題を考える上で鍵となるのが、「商標的使用」という概念です。本稿では、商標権侵害の基本的な仕組みを解説した上で、この「商標的使用」という考え方を中心に、なぜ「TOEIC対策問題集」といった書籍の出版が原則として商標権侵害にならないのかを解説します。

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商標権侵害の基本的な仕組み
商標法は、商標権者に対して、指定した商品や役務(サービス)について登録商標を独占的に使用できる権利(専用権)を与えています(商標法25条)。
また、それに類似する範囲での他人の使用を禁止する権利(禁止権)も認めています(商標法37条1号)。
したがって、第三者が商標権者に無断で、指定商品・役務と同一または類似の商品・役務に、登録商標と同一または類似の商標を使用する行為を行うと、原則として商標権侵害となります。
なお、商標の「使用」には、商品そのものや包装に商標を付ける行為のほか、商品を譲渡するために展示する行為や、商品・役務に関する広告に商標を付けてインターネットなどで表示する行為も含まれます(商標法2条3項)。

侵害成否の鍵を握る「商標的使用」
しかし、形式的に他人の登録商標と同一・類似の表示を使用したからといって、直ちに商標権侵害となるわけではありません。
判例上、そして現在では法律上も明記されている重要な要件として、その使用が「商標的使用」でなければならない、とされています。
「商標的使用」とは、その商標が、誰の商品やサービスであるかを示すための目印(出所識別標識)として機能する態様で使用されることを指します。
商標制度の本来の目的は、商標に化体した業務上の信用の保護や、需要者が商品・サービスの出所を混同しないようにすることにあるため、出所表示機能を果たさない形での使用は、商標権の効力が及ばないとされるのです。
この考え方は、2014年の商標法改正により、第26条1項6号に明文化されました。
この規定により、商標権の効力は「需要者が何人かの業務に係る商品又は役務であることを認識することができる態様により使用されていない商標」には及ばないとされています。

「商標的使用」の有無が争点となった裁判例
〇商標的使用に当たらないとされた例(「巨峰」事件)
ぶどうの包装用の段ボール箱に「巨峰」と表示したことが、包装容器を指定商品とする登録商標「巨峰」の商標権を侵害するかが争われました。裁判所は、この「巨峰」という表示は、箱の出所を示すものではなく、内容物であるぶどうの品種が「巨峰」であることを示すものにすぎないとして、商標的使用には当たらず、商標権侵害は成立しないと判断しました。
〇商標的使用に当たるとされた例(「Japan Poker Tour」事件) ゲーム大会のチラシに「Japan Poker Tour」と表示したことが、ゲーム大会の企画・運営などを指定役務とする登録商標「Japan Poker Tour」の商標権を侵害するかが争われました。裁判所は、チラシの記載内容などから、この表示が大会の提供元を示す出所識別機能を果たしていると判断し、商標権侵害の成立を認めました。

「TOEIC対策問題集」はなぜ商標権侵害にならないのか
この「商標的使用」の考え方を「TOEIC対策問題集」のケースに当てはめてみましょう。 まず、そもそも書籍の題号に他人の商標を掲載する行為は、通常、商標権侵害の前提となる商標の「使用」には該当しないと考えられています。これは、その表示が商品の内容を説明したり、批評したりするためのものであり、出所を示すものではないためです。

「TOEIC対策問題集」という書籍の題号に含まれる「TOEIC」の文字も、これと同様に考えることができます。
この表示を見た消費者は、通常、この書籍が「TOEICという試験の対策に関する内容の本である」と認識するでしょう。
つまり、「TOEIC」という表示は、書籍の内容を説明するための記述的な表示として機能しているのです。
一方で、この表示が「この書籍はTOEICを運営するETS(Educational Testing Service)が出版した公式問題集である」といった、書籍の出所を示すものとして認識されることは通常ありません。
書籍の出所は、題号ではなく、別途表示されている出版社名(例えば「〇〇出版」など)によって識別されるのが一般的です。
したがって、「TOEIC対策問題集」という題号は、出所識別機能を果たさない、すなわち「商標的使用」には該当しないため、原則として商標権侵害とはならないと考えられます。

注意すべき点
ただし、注意すべき点もあります。たとえ題号自体が問題なくても、書籍の表紙デザインや広告・宣伝の方法によっては、商標権侵害や不正競争防止法上の問題が生じる可能性があります。 例えば、以下のようなケースです。
・TOEICの公式ロゴを無断で大きく使用し、あたかも公式問題集であるかのような外観を呈する場合
・「ETS公認」「公式テキスト」など、事実と異なる表示をして、公式商品であると消費者に誤認させるような広告を行う場合
このような行為は、出所を混同させる態様での使用とみなされ、商標権侵害に問われる可能性があります。
また、他人の商品等表示として広く認識されているものと同一・類似の表示を使用し、混同を生じさせる行為として、不正競争防止法違反となることも考えられます。

まとめ
「TOEIC対策問題集」のように、登録商標を題号に含めて対策本を出版する行為は、その商標が書籍の内容を説明するための記述的な使用にとどまる限り、出所識別機能を果たす「商標的使用」には該当せず、原則として商標権侵害とはなりません。
しかし、その表示態様や広告方法が、消費者に公式商品であるとの誤認混同を生じさせるような場合には、商標権侵害や不正競争防止法上の問題となる可能性があるため、十分な注意が必要です。

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