合意管轄条項の定め
利用規約のひな形等では、通常、「〇〇に関する紛争については、〇〇裁判所を第一審の専属的合意管轄裁判所とする。」という条項が設けられています。
合意管轄条項は、当事者間で、紛争に先立ってあらかじめ管轄を定めておく合意にかかる条項で、本来必須のものではありません。しかし、一定の契約、特にユーザーが多数想定されるウェブサービスの運用においてはこの規定は非常に重要になってきます。
今回は、この合意管轄条項について見ていきます。
合意管轄条項の意義
仮に合意管轄についての条項がない場合、いずれの裁判所によって裁判が行われるのでしょうか。
この点、財産権上の訴え(サービス運営者からの利用料の支払請求や、逆にユーザーからの利用料の返還請求など)については、義務履行地、すなわち請求者(原告)の住所地を管轄する裁判所に管轄が生じますので(民事訴訟法5条1号)、この裁判所へ提訴されるのが一般的です。
そうすると、ユーザーがサービスの利用料について返金を求めてきた場合などについては、サービス運営者としては、ユーザーの所在地を管轄する裁判所での裁判に応じなければならない可能性があります。このとき、
たとえば、運営者の所在地が東京で、ユーザーの所在地が大阪である場合などでは、サービス事業者は、裁判の期日の度に時間と費用をかけて大阪の裁判所に行かなければならなくなったり、弁護士に依頼した場合には弁護士の出張分の費用を負担しなければならなくなったりするわけですから、この負担はかなり大きいものと言えます。
よって、このような事態を避けるため、合意管轄条項の定めを定めておくことが重要になってきます。
合意管轄条項の定め方
合意管轄を有効なものとするためには、以下のルールに従う必要があります(民事訴訟法11、13条)。
①第一審の管轄裁判所(=最初に事件を扱う裁判所)についての合意であること
②一定の法律関係に基づく訴えに関する合意であること
③法定管轄と異なる定めであること
④書面または電磁的記録によること
⑤専属管轄の定めのないこと
まず①について見てみていきますが、合意管轄の定めは第一審についてのみ定めることができるとされています。つまり、第一審について満足な判決がもらえず続けて裁判をやりたいと思ったときのための、次に利用する裁判所(地方裁判所が第一審であれば高等裁判所)については合意することができないということです。
次に②ですが、例えば、「ウェブサービス運営者とユーザーの間に生ずる一切の紛争については……」と定めることはできないということです。ただ、利用規約上にこの条項を設ける場合には、「この契約に関しては」などと定めることでよいと考えます。
また、③については、意味のない合意を排除する趣旨と考えますので、後にいう専属的合意をする場合については特に重要視しなくともよい要件と考えられます。
④については、契約書や利用規約等について定める必要があるということです。しかし、必ずしも契約書や利用規約による必要はなく、別途書面やメール等で定め、相手方にこれを交付する方法によることも可能です。
最後に⑤ついては、当該訴訟について、法律上そこのみに管轄が決められている場合には、それと異なる合意は認められないということです。例えば、「特許件、実用新案権、回路配置利用権又はプログラムの著作権についての著作権の権利に関する訴え」については、東京地方裁判所または大阪地方裁判所に管轄が認められ、他の地裁や簡裁を管轄裁判所とする合意をすることはできません(民事訴訟法13条1項、6条1項各号)。ただし、このうちいずれかを管轄裁判所とする合意については可能です(同13条2項)。
専属的合意と付加的合意
また、上記ルールとは別に、専属的合意とするか、付加的合意とするかという問題があります。専属的合意とはその裁判所のみを管轄裁判所とする合意を言い、付加的合意とは、法律上認められる管轄裁判所に加えて合意した裁判所を管轄裁判所とする合意をいいます。付加的合意とされた場合は、他の裁判所も管轄裁判所となるため、そちらに訴訟が移送されるなどして、前記弊害を避けようとする意味においては合意管轄条項を設けた意義がなくなってしまします。したがって、専属的合意との意味を持たせるには、管轄合意条項において、「専属的」との文言を忘れないようにしておくことが重要です。
簡易裁判所と地方裁判所のいずれにすべきか
簡易裁判所は、民事訴訟に関しては原則的に訴額が140万円以下の事件と不動産に関する事件を扱います。一方、地方裁判所は訴額が140万円を超える事件を扱います。しかし、訴額が140万を超える事件については、地方裁判所に前記のような専属管轄が認められるわけではないため、合意管轄条項において訴額が140万円を超える事件についても簡易裁判所を管轄裁判所とすることが可能です。
簡易裁判所では、期日に裁判所に赴かなくとも書面を提出するのみで陳述をしたこととなったり、解決までの期間が地裁を用いた場合よりも短かったり、迅速な紛争解決という面ではメリットがあります。したがって、場合によっては、簡易裁判所を管轄裁判所とすることも考えられます。
おわりに
合意管轄条項は、利用規約の中でも後ろのほうにあるものです。
しかし、管轄裁判所が遠方となってしまうことは、実質的に裁判所を利用した紛争解決の手段の利用自体を封じることにもなるので、実際には非常に重要な役割を持っています。運営者としては、自サービスで起こりうる紛争態様等を検討した上、紛争解決にとってもっとも望ましい裁判所を管轄裁判所と定めておくべきと考えます。
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