はじめに
契約実務において「損害賠償の範囲」をどのように定めるかは、当事者間のリスク分配に直結する重要な論点です。その中でも、比較的一般的な「直接かつ通常の損害」条項を設けるか否かは、損害賠償責任の範囲や予見可能性、紛争時のリスクコントロールに大きな影響を与えます。
本コラムでは、「直接かつ通常の損害」の意味と、その条項がない場合(すなわち民法の原則適用時)との比較を中心に解説します。
民法上の損害賠償範囲の原則
民法416条は、債務不履行に基づく損害賠償の範囲を「通常生ずべき損害(通常損害)」と「特別の事情によって生じた損害(特別損害)」に区分しています。
通常損害:債務不履行があれば社会通念上通常発生すると考えられる損害で、予見可能性の有無を問わず賠償の対象となります。
特別損害:特別な事情によって生じた損害で、債務者がその事情を予見し、または予見すべきであった場合に限り賠償の対象となります。
この区分は、判例・通説でも確立しており、契約書に特段の定めがない場合はこの民法の原則が適用されます。
「直接かつ通常の損害」条項の趣旨と意味
「直接かつ通常の損害」とは、契約違反から、直接かつ社会通念上通常発生すると考えられる損害を指します。ここで「直接」とは、債務不履行の事実と損害との間に中間的な事象や第三者の介在がなく、因果関係が明白な損害を意味します。「通常」は、前述の民法416条1項の「通常損害」とほぼ同義と考えられます。 この条項を設けることで、間接損害(逸失利益や第三者からの請求等)や特別損害(特別な事情による損害)を原則として賠償範囲から除外し、損害賠償責任を限定する効果があります。
「直接かつ通常の損害」条項の実務的意義
・予見可能性・リスクの明確化: 通常損害に限定することで、当事者双方がどの範囲まで損害賠償責任を負うかを明確にし、予見可能性を高めます。
・間接損害・逸失利益の排除:間接損害や逸失利益は、特別損害に該当することが多く、これを明示的に排除することで、債務者側のリスクを合理的にコントロールできます。
・紛争時の立証負担軽減: 何が「通常損害」かは個別具体的な判断となりますが、契約書で損害項目を列挙するなどの工夫により、紛争時の立証負担や不確実性を軽減できます。
なお、消費者契約法等の規制を受けない限り、当事者間で損害賠償範囲を任意に限定することは可能です。
条項がない場合(民法適用時)との比較
・特別損害も賠償対象となる可能性: 契約書に限定条項がなければ、民法416条2項により、債務者が特別事情を予見し、または予見すべきであった場合には特別損害も賠償範囲に含まれます。たとえば、納期遅延による転売先への違約金や営業利益の逸失などが、特別損害として認められる場合があります。
・逸失利益の扱い: 裁判例では、期限までに引渡しを受けていれば得られたであろう営業利益等は特別損害とされ、予見可能性があれば賠償対象となります。契約で限定しない場合、債務者は予見可能性の有無について争う必要が生じ、リスクが高まります。
・実務上の不確実性: 何が通常損害か、特別損害かの線引きは事案ごとに異なり、紛争時の予測可能性が低下します。
「直接かつ通常の損害」条項の注意点と工夫
「直接かつ通常の損害」という表現は、民法416条の「通常損害」とほぼ同義と解される場合が多いですが、「直接」の意味が曖昧なため、実際にどの損害が含まれるかは個別判断となります。
紛争予防の観点から、損害賠償の範囲をより明確にするため、契約書に具体的な損害項目(例:修理費用、代替品調達費用等)を列挙する方法も有効です。
逸失利益や間接損害を明示的に除外する条項を設けることで、より一層リスクを限定できます。
なお、責任限定条項が消費者契約法等の強行法規に抵触しないよう注意が必要です。
まとめ
「直接かつ通常の損害」に限定する損害賠償条項は、債務者のリスクを合理的にコントロールし、当事者間の予見可能性を高める実務的な意義があります。一方、条項がない場合は、特別損害も賠償範囲に含まれる可能性があり、債務者にとっては予測しづらいリスクを負うことになります。契約実務においては、損害賠償範囲の明確化と、具体的な損害項目の列挙、逸失利益等の除外規定の有無を慎重に検討することが重要です。
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