はじめに
システム開発契約において、ベンダー(受託者)が開発・納入するシステムやソフトウェアが、第三者の特許権や著作権などの知的財産権を侵害していないことを保証する条項を「非侵害保証条項」と呼びます。この条項は、ユーザー(委託者)が安心してシステムを利用できるようにするための重要な規定ですが、その保証の範囲や責任の所在をめぐり、契約交渉における主要な論点の一つとなります。本コラムでは、この非侵害保証条項の意義と、契約実務における具体的な条項例や対応の選択肢について解説します。
このテーマについて相談する
非侵害保証条項の意義とユーザーのメリット
ユーザーにとって、非侵害保証条項は極めて重要です。もし納入されたシステムが第三者の知的財産権を侵害していた場合、ユーザーはその第三者からシステムの利用差止めや損害賠償を請求されるリスクに直面します。これにより、事業の継続が困難になるなど、深刻な影響が生じかねません。 非侵害保証条項を設けることで、ユーザーは以下のようなメリットを享受できます。
取引目的の達成: システムを安心して使用・転売等することができ、取引の目的を達成しやすくなります。
紛争解決の円滑化: 万が一、権利侵害が発覚し、第三者や顧客から損害賠償請求を受けた場合、ユーザーはベンダーの保証違反を根拠として、ベンダーに責任追及や紛争解決を求めることができます。
保証規定がない場合でも、民法の契約不適合責任(改正民法562条、563条)や債務不履行(同415条)に基づきベンダーの責任を問うことは可能ですが、保証条項とそれに付随する補償規定を設けることで、権利侵害が問題となった場合にベンダーが負うべき包括的な義務が明確になり、ユーザーはより具体的な義務違反を理由として損害賠償等を請求しやすくなります。
ベンダー側の課題と保証の難しさ
一方で、ベンダーにとって第三者の知的財産権(特に特許権)の非侵害を完全に保証することは、事実上極めて困難です。その理由は以下の通りです。
調査の限界: 世界中に存在するすべての知的財産権、特に特許権を網羅的に調査し、侵害の有無を完全に検証することは不可能です。また、調査には多額の費用と時間がかかります。
経営資源の問題: 特にベンチャー企業などでは、侵害調査を行うための十分な人材や資金がない場合が多く、過度な保証義務を課すと、開発そのものが阻害されたり、開発スピードが低下したりする可能性があります。
コストへの転嫁: ベンダーが非侵害調査や保証のリスクを負う場合、そのコストは開発委託料に上乗せされることになり、結果としてユーザーの負担が増加します。
非侵害保証における対応の選択肢と条項例
このような双方の事情を踏まえ、実務では、開発対象の性質、当事者の規模や能力、開発フェーズ、費用負担などを考慮し、交渉によって保証の範囲を調整します。主な選択肢として、以下の3つのパターンが考えられます。
1. 非侵害を保証する場合(完全保証)
ベンダーが、納入物が第三者の知的財産権を侵害しないことを全面的に保証するパターンです。ユーザーにとっては最も有利な内容ですが、ベンダーにとってはリスクが高い選択肢です。
<条項例>
第○条(知的財産権の侵害)
1. 受託者は、本製品が第三者の知的財産権等を侵害していないことを保証する。
2. 万が一、いずれかの当事者が本製品が第三者の知的財産権等を侵害するとの通知を受けた場合には、当該当事者は直ちに相手方に対し通知の事実及びその内容を連絡するものとする。
3. 受託者は、前項の知的財産権等の侵害問題により、委託者に損害が発生した場合には、その損害を補償するものとする。
このパターンでは、紛争発生時の対応について、さらに2つのアプローチがあります。
ユーザー主導型: ユーザーが主体となって紛争を解決し、ベンダーは発生した損害(弁護士費用や賠償金など)を、契約上の上限額(例:委託料総額)の範囲で賠償します。
ベンダー主導型: ベンダーが主体となって第三者との交渉や訴訟を遂行します。この場合、ベンダーに紛争対応の決定権が与えられる代わりに、損害賠償額に上限を設けないことが一般的です。
2. 限定的に保証する場合(限定保証)
完全な保証が困難な場合、保証の範囲に何らかの限定を設けることで、両者のリスクを調整します。これは実務上、最も一般的な落としどころと言えます。
「知る限り」の限定: 「ベンダーが知る限り(to the best of its knowledge)」において非侵害を保証するという限定です。これにより、ベンダーが知り得なかった侵害については免責されることになります。
権利の限定: 保証の対象を特定の知的財産権に限定する方法です。例えば、プログラムの盗用など、ベンダー側で侵害の有無を管理しやすい「著作権」のみを保証の対象とし、調査が困難な「特許権」は対象外とすることがあります。
地域の限定: システムが利用される地域を特定し、その国(例:日本国内)の知的財産権に限って保証する方法です。
3. 保証しない場合(不保証)
ベンダーが非侵害保証を一切行わないパターンです。特に、事業化前の検討段階やPoC(概念実証)契約、あるいは開発スピードやコスト抑制を最優先するようなケースで採用されることがあります。この場合、権利侵害のリスクは原則としてユーザーが負うことになります。AI開発のように技術発展が著しく早い分野では、調査に時間をかけるよりも開発スピードを優先することがユーザーにとっても合理的であると判断され、この選択肢が採られることもあります。
<条項例>
第○条(知的財産権についての不保証)
1. 受託者は、本製品が第三者の知的財産権等を侵害していないことを保証しない。
2. 万が一、いずれかの当事者が本製品が第三者の知的財産権等を侵害するとの通知を受けた場合には、当該当事者は直ちに相手方に対し通知の事実及びその内容を連絡するものとする。
まとめ
システム開発契約における非侵害保証条項は、ユーザーの事業リスクを軽減する上で不可欠な一方、ベンダーにとっては大きな負担となり得るため、両者の利害が対立しやすい規定です。画一的な正解はなく、開発対象のシステムの性質、利用範囲、開発費用、当事者の規模や技術力、開発フェーズといった個別具体的な事情を総合的に考慮し、当事者間で十分に協議の上、リスクとコストを適切に分担する条項を設計することが重要です。
渋谷ライツ法律事務所では、企業での勤務経験のある弁護士が全件窓口として担当する「顔の見える」アウトソーシングを提供していますので、ぜひご検討ください。
詳細はこちら:法務のアウトソーシング